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  • バンド経験とかなくCD屋さんの店長やってました

    まあ、セルもやっているレンタルCD/VIDEO屋さんでしたが。

    キーボード。

    そういえばまわりの知っている人たちのバンド経験率がやたら高い気がする。Webの業界ってそういう人が多いのか、世代的にバンドブームだったのでみんな当たり前にやっていたのか。私は経験ないのですが。

    CD屋さんの時代は当然ながらバンドやっている人たちばかりで、そういう経験のない私はある意味珍しい存在だったかも。とはいえ聴くのは好きだったし、別に演奏技術が高いとか低いとか、弾く側、作る側の感覚とかは全くわかりませんでしたが、まあ、演奏家に届ける音楽で生計立ててるわけでも無いしなー、などと思っておりました。

    なんとなく今やっている仕事でも似たような話あるような気がしますよ。

    とはいえ、わかるようになるとより面白くなるのは実際そうで、たくさん聴いたり、いろんな人の話聞いたり、音楽について書かれた文章読んだり、そういうことをすればするほど、聴くのが面白くなったのは事実ですね。

    おっと、これも今やっている仕事にも通じるものがあるような気がしますよ。

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  • 柿といえばどこになるんだろう?

    柿のキャラクターだって。いやすとや恐るべし。

    もう、これ原案でゆるキャラ作っちゃえばよいのよ。「いやすとやからゆるキャラ作りました!的な」多分使用料は別に必要でしょうけど。

    認知向上も図りやすいし、募集とかその辺りのコストかかんないし、いいんじゃないかと。

    それなりにかわいいし。

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  • 「江戸」とつくと‥‥

    江戸切子。人の名前みたい。エドキリコ。

    名前に「江戸」ってついているので、江戸時代からのものなのかなと漠然と思っていましたが、江戸しぐさとか「江戸」ってつけちゃうと現代のものでもついついそういう先入観持ってしまうので、ざっと調べてみたら本当に江戸時代(末期)から始まっていたようです。

    まあ、ガラスの技術の発展に従って色々と変容はしているみたいですが、脈々と続いているらしいということで。

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  • インパラ

    インパラ。ウシ科なんですね。鹿みたいだけど。

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  • ウルトラソウルになるかと書き始めたらそうでもない話になったの巻

    松尾芭蕉だそうで。

    学校での俳句の授業は好きでしたね。なんか楽しくて。

    よく五七五を指して「日本人の遺伝子に‥‥」なんて言いますけど、実際、日本に生まれ育って日本語で話す人なら似たような感覚なんでしょ?日本語という言語特有のリズム感ということなんでしょ?と身もふたもないことを思ったりします。

    似たような話で音頭のリズムというのもありますが、それも実際慣れ親しんでいるからでしょうし。

    音頭といえば『レッツ・オンド・アゲイン』。大滝詠一が音頭ものに傾倒していた時の作品群は好きでした。などと書いて思いましたが、別に全期間好きだわ、大滝詠一。

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  • 何事もバランス ver.20160901

    地域交流イベント。あんまり良いイメージでは語られないという印象があります。町内会的範囲でやれば面倒というのが先に立つし、地方都市の自治体レベルだと税金使って何やってるんだか。というお話しになりがちです。

    でも、逆にこういうのが一切合切なくなってしまったらどんな感じなんでしょう?困るのかな?困らないのかな?

    なんか困らないような気がするなー。でも、一切合切ないと寂しい気もする。

    やはりこういうのもある程度はやれる経済的、精神的な余裕っていうのを持っておきたいし、待っていて欲しいような気もする。とはいえ、それが一低強度以上の負担になるとそれはそれで話がおかしいし。

    やはり何事もバランスなのよね。というありきたりな結論に。

    あ、いきなり説明しますけど、最近のエントリーは「いらすとや」のランダムボタンを押して出てきた画像についてエントリーを書くということをやっています。意外と頭が煮詰まった時にやると気分転換になっていい感じなのです。

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  • ローファー

    めったにスーツ着ないので、ローファー一足だけ持ってます。リーガルの。買ってから10年以上たってますけど、そうそう履かないので今も履けますよ。

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  • キムチで例え話をした記憶

    キムチ好きです。辛い食べ物は全般的に好きですが。

    キムチで思い出すとすれば、バーテンダーをやっていた時代に、ワインの話になった時のことです。

    赤ワインについて新人のアルバイトが「渋くてわけわかんないんですよねー」といったので、例え話として出したのがキムチでした。

    「例えばキムチ今まで食ったことない人にいきなり本格的な辛いキムチ食べさせたら感想は『辛い』しかないよね」

    「でも、最初は日本のスーパーで売ってるような食べやすいキムチ食べてそれに慣れて、いろんなキムチ食べてみようってなって、最初の本格的なやつ食べてみたらやっぱり感想変わってくるよね」

    「辛いだけじゃなく、酸味がどうとか、旨味がどうとか、白菜の甘みが‥‥とか」

    「ワインもそんなものだよ、他のお酒もそうだけど」

    なーんて偉そうに話していたのを思い出しました。

    この考え方って、何に対しても私の基本的な姿勢の一つで、

    「わけが分からなかったり、理解できなかったりするのは、自分が知らないことが一番の理由」

    という考え方です。

    なので、「これは違うやろー」と思っても、それは「自分がよくわからないからそう思うだけなんじゃないか」と考えるようになっています。まあ、明らかに違うものについては別ですが。

    とはいえ、世の中のことをすべて知ることはできないわけです。そうなると、自分が「違う」と思ってもそれについて知っているわけではないなら、基本線として評価を下さないように務めています。まあ、務めているのでそういうことを全くしないという訳ではないですが。

    このスタンスは、基本的にそんなに間違っていないというか、自分という人間には比較的マッチしているんじゃないかなと思っています。が、困るのは違和感の表明です。

    違和感を感じている事象に対して、知識があるわけでもないし、明らかに違うという感じでもない、でも、知識無いなりにどうにもおかしいんじゃないか?って時です。普通なら評価を下さずにスルーするんですが、自分の中の何かが「スルーはなんか無責任じゃないの?」と言っている時です。こういう時は相当気を使ってしまう。この辺りをスマートにやれればすごい立ち回りの品が良く見えるんだろうなーなどと思っている次第です。

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  • ホップスコッチ

    っていうらしいですよ。これ。ケンケンパじゃないらしい。

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  • 見せたいもの、売りたいもの

    訪問販売。好きな人はあまりいないと思うのですが、それでご飯食べている人もいるわけですし、実際には有用な商品を売っていることもあるんでしょう。

    でも好きじゃないです。

    自分で選択しているという気持ち

    これ、訪問販売にかぎらず、服屋さんとかでこちらが呼んでいないのに店員さんにあれこれ進められたりとか、そういうのも苦手なんですが、これって人見知りな面はさておいて「自分で選んでいない」感が苦手なのかなと思うことがあります。

    実際自分で選んでいるのかしら?

    でも、いざ振り返ってみると、自分の選ぶものは自覚的かそうでないかと別として世間にあふれた情報の中で買うように仕向けられている訳です。でも、「自分で選んでいる」とある意味錯覚している。

    自分で選んでいる感を持ってもらう

    そう考えると、訪問販売でも、最初はともかくとして1回なんとかコミュニケーション取れれば、うまいこと相手に「自分が選んだんだ」と思ってもらうと仕事が進むのかもしれない。そうなのか?

    これは訪問販売に限らずウェブでも通用するわけで。

    私はよく「見せたいものと、見たいものは違う」や「売りたいものと買いたいものは違う」とか言いますが、「見せたいものを見たいと思わせる」「売りたいものを買いたいと思わせる」というのが必要なわけで、そこをいかにして実現するかというのは大事かなと。

    まあ、そうなると一回のマークアップエンジニアではどうにもならない点、というか上位レイヤーがその感覚を持たないとどうにもならない話ですが。

    そういうことをそれっぽい言葉にすると「UX」ってやつなんですかねえ?

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